子峰院 和珞の鑑定例No79

 この方は今から30年以上前 最初の鬱の症状が現れた頃親御さんから、

平岡滴宝先生が依頼を受けた案件です。先生には、生前特殊なケースとして

後に紹介しても良いとの了承を得ています。

実家は御近所で私も傍らで見ていました。時に先生からは

「そっと見守って上げて」と頼まれ、実家に戻っている時は、

学校の校庭で親子して遊んでいるのを見かけ、安堵した事を思い出します。

先生は「夭の命式」の一つに挙げています。

 

平岡滴宝著、子平廣論より

 普通夭命とは30代までに命を終える短命の内、不自然な終り方をする

命式を言います。しかし年齢と関係なく本人の想いなかばで、

不自然な形で生命を終える人も含めています。何事によらず、

いよいよこれからと言う時の終期は、さぞかしと察するからです。」

 

< 命式・女性 >

時 日 月 年    生月9月 季節(秋) 干合・冲・支合なし

傷   才 殺    丁1干未1支 (2)

戊△丁ィ辛キ 癸キ    戊1干未1支 (2)

申キ  酉キ  酉キ 未ィ    辛1干(令)酉申3支 (4,5)  

庚    辛   辛キ   己      癸1干申1支 (2)  酉酉=自刑

           A日干2 対 B傷才殺8,5

Bは、Aの四倍以上でBの外格

用神取法は専旺法(外格)  格名は、外格 従財格

専旺格は強い干が喜で、Aが忌 Bが喜となるが

喜の干と地支=辛・癸・酉・申   

※戊はBで喜のはずが忌の丁を護丁作用 しかし護丁により丁から喜の辛への

被害を軽減し喜と忌を兼ねる。

△=戊 忌の干と地支=丁・未 

※未は戊に通根するが燥土で忌 支合の時期は良くなる。

 

< 命式は >

日干(本人)は戊山(食神)に護丁され一見穏か、丁と戊食の行動性は動く事を嫌い

小手先の器用さを使おうとするが、戊は燥土で不器用。

丁は弱く辛財強く強さの関係は制、

又護丁作用によって丁からの被害から喜の辛財は守られるが戊は燥土。

この場合の辛は銅に例えられ柔らかく

丁火への抵抗力は弱いが数字的には強く制。

 しかし、丁が強まる時は制から尅へと干渉の仕方は表面的で、

言葉は一方的で相手を強く責める方法となる。年干癸殺は時支申に通根 

申の蔵干水は壬で年干から時支に繫がる雨、

丁は護丁され影響は少なくその性格は出難い。

 

< 人となり(為人) >

 動く事を嫌い、辛財の干渉心は強くあれこれと考えるが、

日干丁は辛と比べ数字的に弱く言葉に出来ずに不満を溜める、

時に人に頼る事が賢明とされるが印星木(甲乙)は

僅か未に頼っているが燥木、人を利用する事や甘え下手。

忌の丁を護丁する戊食の行動性や丁と辛財の干渉方法は不器用で

人に理解され難い、

結果内心他人を責め穏かさや冷静さを欠いてしまう事が多々ある。

 

< 運では >

格名は従財格、この様な命式は日干が強まる時や財官が弱まる時は

忌となる。又日干が強まる時や食財官が弱まる時は1の変化で破格となり、

変動の大きい命式である。特に日干が強まる時期や辛財が弱る時期は、

干渉表現は上記の如く見境の無い言葉で、

酉二支は自刑で精神的にも落ち着きが無く、そうした表現方法は激しさが

加わり自身で災いを招く結果となる。 

 

(命式) 

戊△ィ辛キ 癸キ    

申キ 酉キ  酉キ  未△        

      辛キ     A日干2 対 B傷才殺8,5

 

< 大運 >

91 81  71 61   51   41   31  21 11 1

〇 △ △ ✓ ✓ ×  ✓  ✓ ✓ 〇

辛 庚 己 戊 丁 丙 乙 甲 癸 壬    →(年運)甲乙丙丁戊

才 財 食 傷 比 劫 倒 印 殺 官    ←大運干の通変星

未 午 巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌    →(年運)己庚辛壬癸

✓ 〇 ✓ ✓ ✓ ✓ 〇 〇 〇 ✓

  未 申 酉 酉 申 未          ←冲・合となる命式の地支

 

< 大運は >

〇1歳からの壬は、日干丁と強化の干合で日干は尅で弱まり 

大人しく問題の無く親御さんに取っては自慢の子供だったでしょう。

〇6歳からの戌運は、辛丁戊を強め破格で忌運。年齢的には友達関係の不満

を洩らし親御さんに多少は心配させた時期。

〇11歳からの戊運は、時間戊を合去破格で忌運。

護丁作用が失われ辛や癸との関係で気性の激しさが伺われる時期

〇亥子運は、癸の偏官だけをつよめ喜運。決断力や行動力があって

しっかりして心配の無い時期 26歳からの子運に実業家の男性と

「玉の輿」と言われて結婚 子運の終わり頃男児を出産。

〇甲乙(印星)運は未に根を持ち Aに2プラス内格になり破格忌運、

調候は丁火を強め対応はきつくなりますが、甲運は親元で家族は何時もの事とと

寛容な態度で受け止めて貰ってたはずですが、

〇31歳からの乙運、新しい家庭ではそのきつい対応に反発があったり、

相手にしてもらえなかったり 甘え下手と表現の不器用さや辛の地支の多さから、

自身の弱さを人には見せず、深刻さを理解して貰えなかったでしょう。

自身は外見では虚勢を張り、気持は疎外感、孤独、不満様々な

思いが交差していったものと思われます。この時期うつ気味となりました。 

〇36歳からの丑運は、年支未と冲で無力 

命式はA日干1 対 B傷財官7,5と割合はBが強くなり喜運。

この時期が生涯では最も良い筈ですが、酷い忌運の乙運と丙運に

挟まれ現実には「最も良い時期」とは言えなかった筈です。症状は小康状態。

〇41歳からの丙運は、主体の干辛を合去忌運、破格運で命式は大きく変動、

鬱の症状は再発しました。

喜の辛財の変動は伴侶の事業の失敗等が疑われる。以前の運で丁火が強まり

辛への尅が始まった頃より出費の多さは免れていませんし、

自身も喜財を尅す時期はストレス解消に浪費が伺われます。

伴侶の事業の失敗を責めたり、自身の浪費を責められたりと 

夫婦の鬩ぎ合いが想像できます。

命式は辛が合去となった後は、日干丁の側干は癸となり激の関係。

気持は荒れます。又閑支となった日支酉(伴侶)は日干丁(本人)を嫌って 

話しを聞こうとしなかったり帰宅を嫌がる可能性があります。

本人は暫く息子と実家に身を寄せました。

日干の根未は年支(母親)にあり母親は唯一甘えられる存在ですが、

父親の事業の失敗から、

店と倉庫を兼ねた実家は心身を休める所ではありませんでした。

一週間ほどして自宅へと帰って行きました。

それから暫くして 息子を置いて自ら命を絶ったそうです。

誰も助けてくれないどう仕様もない孤独感と激しい怒り

 唯一心を満たしてくれる財を失っての消失感 

その他色々な思いがあったのでしょう。

私は彼女の思いを100分の1も書けていないと思いながら・・・ 

 

平岡滴宝著 子平学 四柱推命法深書より

 従児、従財、従殺は外格専旺格と同様、いずれも格を構成する干は

強くなくてはなりません。

特に外Bの三格は食傷、財、官殺いずれかにすんなり従わなければ、

良い命式とは言えません。又この格になる人はいくら日干が弱くても、

内気で気弱になりません。必ず懸命に体干に尽くす人です。

しかし一端日干が強くなりますと自我が入り込みやすく、

物事に対して正しい判断が出来にくく、無茶をしやすくなりがちです。

又反面とことんの最終段階では、本来の日干の弱さ戻り、

落ち込みがひどく意気地がありません。」                                                                                                               

                                                                  

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< 終わりに >

この命式の短所は 従財格にしては日干が1干1支と強く自我が入り込みやすく、

破格をおこしやすい事。日干と格名である側干辛との干関係の悪さ、

その上辛財に従えず時に却って逆らい喜財を尅したり、

辛を合去の時は、日干丁と側干になる癸との干関係は最悪です。

又側支酉2支の自刑の存在などがあげられます。こうした短所が1つでも

少なかったらこの方はこの様な運命を辿らなくて済んだのではと考えます。

この命にも、灯火があり結婚前なら特に良いアドバイスができ 

御理解頂ければそれを心の糧 生きる目標にできる筈です。

命式の干や地支の有る無しや 

それらがある場所によっても運命は大きく異ってきます。

 

 

( 子峰院 関都佺人・和珞 2019/09/19 )

 

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