平岡滴宝著「四柱推命の秘則 新訳滴天髄 歳運論」№3 推命偏2

劉伯温氏の滴天髄、                         

歳運論で、「休咎は運よりかかわりて、尤も歳よりかかわる。」述べています。

休咎とは吉凶、運とは大運、歳とは年運の意味です。「本当の吉凶を知る為には、

大運を関連した年運まで見る必要がある。」と言っています。      

私の大事な人達への推命は、年運まで見る必要があって、

その為に子平学・四柱推命を真剣に勉強をする気になった「論」でもあります。   

    子平学・四柱推命・運命学

この命式は平岡滴宝著、子平学・四柱推命法深書 五の章 壬日・癸日の命式です                                         

< 命式・女性 >   1943年生まれ                

時 日 月 年    冲・支合・干合なし            

印 比 印 敗    生月9月 月令―酉 季節―秋      

辛キ 壬キ 辛キ 癸キ     壬癸2干申丑2支(4)                

丑キ 申キ 酉キ 未△    辛2干(令1・5倍)申酉丑(6)            

己 庚 辛キ 己                              

     A(比敗印)10 対 B(児財官)0                 

用神取法―専旺法  格名―外格従強 (比敗より印星が強く)         

喜の干=壬癸庚辛                             

忌の干=甲乙丙丁戊己  命式は疵無し 元機―申(水と金を強める)     

 

< 大運・順行 >               

79 69 59   49 39   29   19 09                     

✓ ✓ ✓ ✓  ▲  ✓ 〇 〇                      

己 戊 丁 丙 乙 甲 癸 壬    →(年運)壬癸甲乙丙        

官 殺 財 才 傷 食 敗 比    ←大運の通変星         

巳 辰 卯 寅 丑 子 亥 戌    →(年運)丁戊己庚辛         

✓ ✓ ✓    ×  △ ✓ 〇 〇                    

  酉 酉 申 未 丑        ←冲・支合する命式の地支              

 

※本文を忠実に再現していますが、部分的に抜粋しているところがあり、

又年運ではより詳しく書き足している部分もあります。 

この方は、偏差値の高い看護学校に入学、看護師の道を選び大病院の看護師と

なられた人です(和珞)                       

 

「〇30才頃から自身で頭の異常に気付きました。それは、幼少期、浜にあげられた

小船で遊んでいた時、友達とぶつかり合って転倒、後頭部を打ち、それが原因で

出血があったのではないかと、医師の診察や診断の結果、腫瘍を除去しました。

しかし難しい手術だったらしく、一番奥の部分を残し、4ヶ所を無事除去。  

〇34歳の子は、時支を濁らせ(喜の丑を支合)忌運             

〇39歳乙運は、忌の傷官この頃より再び調子を崩しました。印星の悪いくせは

一度気になりだしたらそればかりを苦にする傾向があると共に、先へ先へと

悪い方に考えたりするものです。体の状態から独身を通していた彼女は、

親身に相談をする相手もなく、対面は、他人にそれを知られまいとする気持ちも

強かったそうです。1人で沈む日々が続き、決心に末再手術の要請。     

再手術は大運丑、年運は丁卯、春浅い頃でした。この方の体質は、強さが

金水火木の順で、火と木は年支の未だけに頼っています。大運44歳からの丑運は、

社会的には異常はありませんが、弱い木火を丑未の冲で痛めています。

44歳の年運丁卯は、日干壬と絆神無情財破格、卯は喜酉を冲して命式破ります。

また丁卯の前後の年運は、(大運乙)前年43歳年運丙寅は、辛を合去、

申を冲しています。45歳戊辰運は、癸を合去、酉を支合し前後3年に渡り

命式を破り(破格)続けています。結果的に手術は失敗だったと

言わねばなりません。

一年余りが過ぎた現在も体が不自由でリハビリを続けています。年運は戊辰、

己巳と続き官殺破格運、運は彼女に味方していません。49歳より大運の流れは

御覧の通りです。誠に憮然の情を禁じえません。」

この文は三十年以上も前のものです。 

54歳寅運は、元機申(喜の壬と辛に通根)を冲で無作用にし、とても悪い時期。

 

この様な運を持つ方は多くおられますが、早めの30歳転角からは忌運、

閑支であっても重要な役割を持った地支を抜いたり、命式と干関係の悪い干運が

巡ったり、将来性時支喜を抜いたりと立続けに20年続き、年運も続けて悪く、

やはり珍しく運の悪い人とかなー?と言えます。

地支の役割は、例え閑支であっても推命上きっちんと把握しておく

必要があります。             

 

喜運の幼少期に何故、後の災いの原因となる事故が起ったのでしょうか? 

水の多い命式、日干自身も壬の水に癸の透干で冲天奔地、通根の地支多く

弱まることを知らない勢いの強さがあります。古くより 冬生まれのように

水の勢いがあって水が忌の命式は 幼少の運は東南(木火)方向が良いと言う

話しがありますが、仲間達の話等でも喜運であっても、水勢の強い命式は、

幼少時期の北方(水)運はあまり良くないのが現実的です。この命式には日干(本人)を

制する関係が無く行動的、大運は9歳からですが壬で始まり勢いを増しています。

命式に疵無く大運は喜運、普段は思慮深く周囲の人達からは信用あって忠告など

される事は少なかったと思われるが、自身も自信家で勢いづき、そうした表面的な

顔に対し、稀に調子付くと歯止め無く調子に乗る裏の顔があります。

表の顔は目上の人に対し、稀なる裏の顔は友達など、良い子になる必要の無い

人達と一緒の時に表します(印綬)。そうした事が慎重さを欠き事故を招き、

忌運に結果が現れたものと思われます。こうした命式と大運を持つ人は

幼少時期には周囲の方の配慮がかなり必要と考えます。        

再手術で医師に相談した際、医師から手術はする必要が無いと言われた

そうですが、忌運で強い印星の性格から心配は募り悪い事ばかりを考え、

看護師の立場を利用してかなり強引に、遠い地より名医と言われる医師に依頼、

執刀して貰ったそうです。滴宝先生が依頼を受けたのは手術の日取りが決まった

後の事でした。辛は珠玉の他、辛が甲乙に会えば切れない小刀等に例えられ、

辛二干に申はメスを怖がらない性格、忌の甲や乙の時期は、

使わなければならない・使いたくなる時期等と見る事ができる。

頭の事も干や地支の有り様で、想像がつきそうです。

 

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     < 思い出 >                            

この方は私の趣味仲間でしたが、賢さのあまり近寄り難い人でしたから、

個人的には交流のなかった人でした。ある日、滴宝先生を紹介して欲しいと

耳打ちされ、滴宝先生の鑑定となりました。

仲間達との会話の中で「床の間のあるお家に、お嫁に行きたい。」

とよく話していたのが忘れられません。

しかし滴宝先生の後日談では、頭の事で結婚する気は全く無かったとの事でした。

数年後、お姉さまより年賀状を頂いた内容で、車椅子生活、自身が誰かも解らない

位の障害を負い、お姉さまの世話を受けながらの、生活を知りました。

 

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( 子峰院 占い人・和珞 2020/04/05 )

 

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