子平学 四柱推命の「奥義」は、命式も然る事ながら大運を読み解くところが
一番大きいと思っています。
つまり命式と大運がセットです。
命式だけで云々は遇の誇張なのでは無いでしょうか
さて、職業病(東洋占術)と言うべきでしょうか?お話しを伺っていると、
この人の生年月日を教えて頂きたいと思い「お誕生日教えて頂けませんか」と、
喉の奥まで出掛かっていても
その勇気がどうしても湧かない場合がありますが、この方もそうでした。
意に反して自身の子供と生き別れ、
悲しみを乗り越えた実話女性の反生を書いてみました。
宜しければ読んでみて下さい。
< 彼女の身の上話2 >
彼女が玉の輿と言われ、ある地方都市老舗の呉服店の女主人に見込まれ
嫁いだのは、親戚からは「若過ぎるの」声も聞えてきた紫陽花の花が咲き始めた
二十歳の初夏の事でした。嫁いで直ぐに妊娠・出産と穏かで幸せな
新婚生活を送っていましたが、ある日突然実母が不倫で実家を出たとの
知らせを受け、まだ小学校に入学したばかりで残され弟の事が気掛かりで
なりませんでした。数日後姑より「ふしだらな母親をもつ嫁は、
この家には相応しくないから息子と別れて出て行きなさい」と言われても
母親の言い成りの夫は、味方にはなってくれませんでした。
孫は置いて行く様に言われ、その時彼女は実家の状態から相談に乗ってくれる人
も、婚家との話し合いを助けてくれる人もなく、
数人の夫の叔父・叔母・姑を相手に、22歳の彼女一人は何の術もなく
追い出される様にして泣きながら婚家を出たものでした。
数ヶ月後、残してあった僅かな荷物を受け取りに婚家を尋ねた日、
彼女は幼い息子に一目逢わせて欲しいと姑に頼んだそうですが、
受け入れて貰えず玄関で靴を履こうとして足元を見れば、
小さな・小さな靴に目が止まりました。家を出る時には歩けなった
息子が歩ける様になった事を知りました。
家の奥からは息子の可愛い声が聞え、暫くは立去る事も出来ずに
その声を聞き続けました。涙は止め処もなく頬をつたって落ちていきます
嗚咽も止めようが無く玄関を後にしました。
その姿を見かねた御近所の喫茶店の女主人が、店に入るように進めてくれました。
言われるまま感情を押さえられるまでの間、
店で心身を休む為好意に甘えたそうです。
その時彼女は「私はもうこれ以上のこんな悲しい思いをする事は絶対無いだろう」
と不思議な予感がしたそうです。
それから実家に戻った彼女は、働きながら弟と父親の世話をして過ごしましたが、
母親の不倫の原因の一つが父親の酒癖の悪さである事を知っていた為、
父親を責める気持ちが強く折り合いをつけられず幼い弟を心配しながら、
実家を出て他県の旅館で住み込みとして働きだしたのでした。
一年に一・二度お世話になった喫茶店の女主人から、
手放した息子と家族の状況等の知らせを貰ってたそうです。
前夫は再婚二人の子供に恵まれ、息子の世話の殆どを姑がしている事や
幼稚園に通園している事などを知らせてきたそうです。
息子の様子を一目見たいと思いつき、ある日幼稚園が終る時刻を見計らって
蔭に隠れて待っていたら、幼稚園の門からお迎えの姑と一緒に出てきた
大きな声で笑う息子の歯は黒く、前歯は虫歯だったのです。
忙しい姑は息子の歯の手入れまで行き届いていないのだろう思うのでした。
その時彼女は怒りよりもむしろ姑には感謝の気持ちでいっぱいだったと、
どうかこれからもお元気で息子を宜しくお願いします。と
二人を見て祈ったそうです。これは誰が悪いとかでは無く
「夫々が逃れられない生まれ持った宿命なのだ」と
そして「息子よ!宿命を受け入れ真っ直ぐ前を向いて
へこたれず歩いて生きなさい、歯は生え変わります
次は自分で必ず手入れをしましょう。そしてそんな笑顔にしてくれる
お婆ちゃんを大切にしてあげて良い人間になって下さい。
母さんはもう決して泣かない 貴方も泣かずに元気で強く生きて下さい」と
祈りは声に出来なくても、直接伝えられなくても、思いは必ず伝わると
願いを込めて息子に向けって発していました。
彼女は何故そんな気持になれたのか、これも又不思議だったそうです。
それから、二人の小学生男児を残して病で妻を亡くした、
勤め先である旅館の主人から「助けて欲しい」と再婚を申し込まれ
受け入れた彼女は、義理ではあるが二人の息子を慈しみ育てました。
思春期へと向かう難しい年頃の息子達ではありましたが、
素直でよく懐いてくれたそうです。息子の1人は旅館の跡継ぎとして、
1人は独立社会人として家を出るまで育てあげました。
二人共結婚、子供にも恵まれ、お腹を痛めずに授かった二人の息子達に
本来なら味合えないような幸せを貰ったそうです。
彼女は旅館を息子夫婦に任せて、その後は居酒屋を夫婦で始め
細々と現在まで続けています。喫茶店店主の話によれば別れた息子は、
大学は医学部に進み研修期間を済また頃姑は他界、大学の良い地位の誘いを
断わって僻地医療に携り個人で病院を建てたそうです。
姑は、息子の為に経済的苦労をしただろうな・・・と彼女は感慨深そうに
彼女は言います「私は幸せ者です。こんな至らない母親なのに真っ直ぐに
三人の息子達は育ってくれて、弟にも可哀想な思いをさせましたが、
結婚にご縁がなかったので、近くに住んで食事の世話をさせて貰っているのです。
弟にはこれ以上淋しい思いをさせたくないから」と
その弟さんは五十歳に近いそうですが・・お姉さまに取っては
「弟だけが深いえにしに恵まれなかったから、
私に取っては幼いあの日のままなのです」と・・・。
End
( 終わりに )
国策なのでしょうか、女性の経済力の弱さは、
腕力も弱く社会生活を送る中では不利なことばかり、
その中で力強く「波乱万丈」と言えば失礼でしょうか、
それでも人達は口にして言います「宿命」と・・・
この方は「えにしと健康」に人生が支えられている様に思えてなりませんでした。
( 子峰院 占い人・和珞 2021/05/21)
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