創作小説 < アイツ・7 >

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滴天髄 絆神論と反尅

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https://sihoin-waraku.hateblo.jp/entry/2022/09/07/145212

 

( 山登り )

女郎花や萩やススキ、リンドウ等の草花が山道脇にチラホラ咲き皆

で秋の山道を楽しんだ、国内の有名な山に比べれば標高は低いが、

山頂に近付くにつれ草花は不思議と少なくなっていった。

狭い山頂では皆肩を寄せ合って座ったが、数人足りないと心配

しているとアイツが3・4人の男子に押されたり引っ張られたりして

遅れて登って来た。3・4人の中に安藤もいて「この山は小学生だって登れるん

だぜ」と、アイツは「山登りがこれほどきついとは思っても見なかった」と

しょげていた。山頂は半島の先端にあって、市内に入港する船はこの山頂を目安に

するのだと聞いた事がある。山頂からは夫々の港へ出入りする小さな漁船や

フェリーや、そして造船所と幾つもの大きなクレーンが見える。桂子が住む半島は

丁度向かい側になっていって湾が作られている。又その反対にも半島があり、

その半島との湾にある隣の市等も一望でき、愚痴をこぼしていたアイツは一瞬に

豹変「わお~」と感嘆の雄たけびを上げたのであった。

此処は、日本でも有名な直線総延長120キロの海岸で、大小の島々

が点在し、半島や湾、絶壁が連続したリアス式海岸が特徴で、その

見晴らし良さは登山の疲れを吹き飛ばしてくれるのであった。

「あ~腹減った!」と誰かが言うと皆一目散に弁当を開け無言で食べ

始める最初は勢いよく、その内ゆっくりと食べられる様になると

お喋りも弾みだす。数羽の鳶(とんび)がぴーひょろ・ろ~と啼く。

時が止まった様な穏かなひと時を皆同時に共有満喫するのであった。

食べ終わるとアイツが側に寄って来た。隣に座っていた女子が

アイツに場所を譲るとアイツ「有難う」と・・・!

 

(名前!)

「君の名前は地方の割にはいかした名前だね」と

「いかしたなんて、女なのに勝(まさる)なんてね。父が付けてくれた

名前だけれどね、母は私が生まれる前に子供を何人か流産するわ

生まれても死産だったりと、子供を諦めた時に私を妊娠、珍しく五ヶ月過ぎても

無事だった為、父は男の子と決めつけて生まれる前に男名を用意してたら

生まれたのは私だったのよ。

家族や親戚、近所の人にまで反対されたけど父は 何にも負け

ない元気な人間になって欲しい。と意見を曲げずに勝になったってわけ」

「いい話だね。君にはお似合いの名前だと僕は思うよ」

「男勝りって言う事?これでも結構気にして大人しくしようと思ってはいるけど」

「名前が勝で名字が姫野 上下でバランスが取れているから良いじゃないか」と。

私をからかいながら「大人しくする必要なんてないよ。君は君のままで良い。

僕はこれから君の事を、名字ではなく名前で呼んで良いかな」

「良いよ、皆も適当に名前で呼んでくれているから」

小学生までは名前で呼び合っていたが、校内では中学生ともなると名字で

君・さん付けで呼び合っている。しかし、親しいもの同士になるとつい小学生の

頃の呼び方で呼び合ったりしたのだった。

「司君だって、名前が守、弁護士志願としてはぴったしの名前ね」

と言えば「おふくろが付けてくれたんだ」

「お父さんは裁判官、仕事の内容は全く判らないけど弁護士とよく似た

仕事なのでしょう。きっとお父さんみたいになって欲しくって付けた名前ね。

お母さんはお父さんを尊敬しているのね。いいな~」

「そうかな~」と言いながら嬉しそうに「そんな風に考えた事は無かったけど

そう言われればそうかもしれないな」

その後の会話でアイツは、級友達のプライベートを仕切りに知りたがったので、

互いに差し障りのない程度で少しずつ話してあげた。

そして「いいね、幼い時からこんな仲良しの仲間達に恵まれて」

本当はそうでもなかった。皆此処まで来るのには勿論紆余曲折があったのである。

 私も病弱で小学一年生の頃は殆んど学校へは行っていなかった為、偶に学校へ

行けば一人だった。遠足でも一人で弁当を食べたが反って貧しいそれを人目に

晒さずに済んだ。鬱陶しいと思うのは担任の先生にあれこれ詮索される事だった。

そこへ救いの手を差し伸べてくれたのが郁でだった。学校の帰り後ろから

「一緒に帰ろう」と言ってくれた。小学校から徒歩で50分程一緒に帰れば郁の家 

そこから10分程度で私の家だった。

郁はいつも寡黙で気を使わずに済み気楽だった。

でも下校途中では面白い出来事も沢山あって、それは私の心の宝物である。

私が一人でいる時は、必ず何処からか現れて側にいてくれた。

郁は舟木一夫が大好きで下校事には、当時流行っていた「高校三年生」を二人で

歌って帰った事を懐かしく思い出した。郁は頭も良く人に笑われる事もしない事

から仲間達のは信頼があり、私と仲間達の仲を取り持ったりしてくれたから学年が

上がる毎に私にも友達が増えっていった事を話した。

「そうか僕の考えは間違っていたな。誰だったってそうだよな色々あるさ

生きていれば・・・」そしてアイツは暫く黙っていた。そして

「郁は良い奴だな」と言ったが、私は胸が一杯になって何も言葉に出来ずにただ

頷いた、それをアイツが見届けてくれた事は確認できたのだった。えっ?アイツ

何時の間にか郁の事を「郁」なんてそれも呼び捨てで呼んでると言う事は・・と

一瞬で冷静になっていたが、無意識に気付かれない素振りをした。

アイツ「君もなんか不思議な人だな・・自分の弁当を貧しいとあまりに正直で

勇気があると言うのか・・誰もそんな風にはなれない」

「此処の人はみんなそうよ、見栄を張ってもどう仕様もない事を何時の間にか

思い知らせれるから」アイツは無言だった。

 帰り道は皆でその頃ヒットしていた美空ひばりの「真っ赤な太陽」を誰に

遠慮する事も無く思いっきり大きな声で、

 

「真っ赤に燃えた太陽だから 真夏の海は恋の季節なの

渚を走る二人の髪に せつなくなびく甘い潮風よ~~

はげしい愛にやけた素肌・・・       」

 

と、何度も何度も繰り返し恥かし気も無く歌って下山したのであった。

アイツは下山途中私に

「二学期は忙しくなるぞ」と校長と同じ台詞を言ったが私には

その意味が全く理解できなかった。

不思議な事に、アイツは二学期からは授業中に居眠りをしなくなって

クラスメイトは皆首をかしげたものだった。お わ り

 

今回の漢詩張籍氏の「秋思」

< 秋思 >  張籍

洛陽城裏見秋風   洛陽じょうりしゅうふうを見る

欲作家書意萬重   かしょを作らんと欲していばんちょう

復恐匆匆説不盡   また恐るそうそう説きつくさざるを

行人臨発又開封   行人発するにのぞみ又封を開く

(訳)

洛陽の町に秋風を感じて

郷里はどうだろうと手紙を書こうかとすれば思う事が沢山あって

なんとか書き上げてみたものの書き足りない事があったようで

恐る恐る

飛脚が出発しようとする時に又封を開けて読み直した。

 

訳は感じたままに書いてみました。行人とは、日本で言えば飛脚の様な人だと

思います。

 

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       「改訂版 子平学・四柱推命法深書」

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