< アイツ・22 >

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 https://sihoin-waraku.hateblo.jp/entry/2023/04/14/221206

 

<アイツ・22>

毎月行われる書道の同志会を四月から毎月欠かさず出席して、多くの事を学ぶ事が

出来た。毎年八月の会は暑さもあって休む筈が勝が九月には帰郷するからと八月

最後の日曜日に会は開かれ、桑井出先生から注文の数点の作品を持参した。

その日先生は何時もと違ってラフな格好で出席して主席者を喜ばした。

かなの小文字の作品を見ると普段は使わない朱液で少し訂正をしてくれ、黒の墨汁

で新しい紙に「志」の字を書いてサインして手渡され「字も沢山ありますが今は

この字しか思い浮かびませんから、今日の君にはこの字をプレゼントしたいと

思います。」と言われ、フッと中学生の文化祭を思い出した。

伊東先生の「助け合い」と高橋先生の「努力」の字を思い出しながら二人とも

「今はこの字しか思い浮かばない」と言っていた事を思い出し顔が思わず

ほころび周りの人たちがオッやと言う顔をした。「まさちゃん 先生のプレゼント

がそんなに嬉しいのかい」と言われて中学校の文化祭での伊藤先生と高橋先生の

話をすれば皆一斉に大笑い「良いお話ですね」と言って勝の失礼を許してくれた。

そして桑井出先生は「私共の月干誌にも作品を提出をしなさい。ウチは私が言うの

も可笑しいですが他の会よりも書道会では評判は高い方ですが、審査員がなかなか

気難しくってね昇格は厳しいですがな~に君でしたら大丈夫と思います」と言われ

過去の月干誌を数冊渡された。勝はそれまでも桑井出先生には本や珍しい紙を

渡されていた。「南君には了解を貰っていますが、今夜南君と私と君と三人で

デートをして頂けませんか」と言われて夕食を一緒する事になった。会の最後、

人生で始めての経験で皆の前に立ってお礼の言葉を延べた。「みんなして歓迎しま

すから機会があったら又いらして下さいね。」と言われたら桑井出先生が

「機会があったらでは無くて、機会を作って年に1・2回は出席するべきですよ」と

「はい、努力します」と返事をした。夕食は大阪の繁華街の路地を奥に入り低い

ビルの中の小ぢんまりとしていたが上品そうな店であった。それもお好み焼きの

専門店、それは驚きであった上品でありながらお好み焼きとは桑井出先生が注文の

品を選んだ小鉢やお吸い物、そしてお刺身の盛り合わせとお好み焼きの想像を

はるかに超えていた。お好み焼きは小さいがとても美味しかった。

さすが都会と言うところは違うものだと内心興奮に溢れていた。別れ際に深く

頭を下げてお礼と別れの挨拶をすれば、桑井出先生は「とても楽しかったですよ。

又大阪に来てくださいね」と、勝の両手を取り自身の両手で包み込んで言った。

南先生とも大阪駅で別れたが「まさるさんとはこれでお別れと言う気がしないか

ら、お別れの挨拶は無しね。じゃ!またね」勝も「はい、じゃ!又 私の郷里にも

来て下さい」と言えば「エッ!ホンマに疑う事を知らんからホンマ行くよ」

「お待ちしています」と言い二人共笑いながら別れたのであった。

九月になると アイツから電話があり「今度の日曜二人きりで会おう、両親の家

からアルバイトに行って稼いだから映画おごるよ」と言われ逢う事にした。

シェルブールの雨傘」のリバイバル上映だとアイツは言った。映画が始まると

二人で一つのポップコーンを、音を発てない様に摘んで食べ、映画の内容が徐々に

深刻になるにつれアイツは勝の手を取って握り締めた。勝は少しだけ力を入れて

アイツの手を握り返せば、アイツはもう片方の手で握り合った二人の手を宥める

様にトントンと拍子を取るように時々軽く叩いた。ラストシーンでは自然と涙が

目に貯まるが、それが落ちて頬を流れそうになるのを必死で勝は我慢したので

あった。

映画が終り劇場を出ると「今度は、私にお茶を奢らせて」と言うと「今日は、

一日まさるに付き合うよ」と言った。

店に入り「良い作品だったね」と勝は口火を切ればアイツは頷いた。

この場で静寂になるのを勝は避けたかったのである。

シェルブールの雨傘反戦を込めた作品だよね。私、高校時代

映画のね、ひまわりを観に行った事があるけど、あの作品も反戦を訴えた作品だと

思ったしシェルブールの雨傘とラストシーンがどこか似ていると思ったよ」

「高校時代に一人で?なんで僕を誘ってくれなかったかなー」「一人で行きたい

気分だったから」「ふ~ん そうなんだ」と不服そうに答えた

「過ぎた事、過ぎた事」アイツが普通に戻って勝は安心した。

「まさるは、あの場所に帰るんだね。僕の夢が叶えばあそこに何時帰れるか解らな

いけど、何時かは必ず帰るからきっと!ありがとう。まさると逢わなかったら、

無秩序な僕は、夢をこうして追っかけられただろうかと時々考えると、無理だった

かもしれないと思ったりもした、成績の良い僕を祭り上げる人はいても、まさる

みたいに恐い顔をして睨みつけるやつは、まさるに逢うまで誰もいなかった。

それも他の誰にも優しいまさるが、最初こいつなんと生意気な奴かと思っていた

けど、ボタンが取れた時優しく縫い付けてくれた」「一寸待って、優しく って

とこ省いてくれる。別に優しくも無いし極普通の事だから」「ゴメン!僕の事毛

嫌いしていない事が解ったからね」「だって、授業中 にふんぞり返って居眠りを

するし」頭を搔きながらアイツ「そうだった お恥かしい次第で」と、二人で

大笑いをしてアイツ「そうだろ あのままでは正義の味方になりたいも無いだろ

うに」と頭を又搔いた。今日だけは切ない日にしたくないと勝は強く思い、楽しい

会話をできるだけ選んだ。

それからは二人きりになるのを避け繁華街のショーウインドウを覗いて歩いた。

勝は「夕飯は所長の奥方が待っているから」と約束の日に伝えて置いた。

別れの時間が近づくとアイツ

「まさるとの六年間は本当に楽しかった。忘れないよ、ありがとう。

年賀状ぐらいは書くからね。女と男の友情に幸あれ」と言って握手を求め

て来たので、勝も右手をそっと差し伸べ「男と女の友情に幸あれ」と握手を

しながら答えれば、アイツ「アリガトウナ」

「こちらこそ とっても楽しかったわ。有難うございました。又ね!何時の日か」

と、南先生の真似をして左右に別れ振り向くつもりは無かったが、気配を感じ

振り向けばアイツ!人ごみの中こちらを向かって深々と頭を下げていた。

勝も腰を曲げて頭を下げたが、直ぐに体制を戻して急ぐ様にしてその場を後に

した。決して涙は流さないと我慢に我慢をきめ込んでいたから。

帰省には、お盆休みに帰省しなかったからと美枝も一緒に付き合うと言って

くれて、大阪駅を夜出発するブルートレインにした。心配をして駅迄見送って

くれると言う、所長の家族や同僚達に別れ際が辛くなりそうで

「友達が一緒だから」と言って丁寧に断わった。特に所長の母親である婆様は

「年寄りは先が短いからね、又近々に大阪に来なさいや 婆は待ってるよ」と

涙を堪えて言ってくれた。(このセリフも 大阪に出る時祖母が同じ様な事を

言っていたと思い出す) 娘の京ちゃんとは「田舎に遊びに歳々行くから」と

約束をして、奥方は「体には気をつけなさい、手紙を頂戴ね。実家に電話が

ついたら度々電話しますよ」と、その内電話が実家にも設置されるだろうと勝は

言った事があった。そんな風して皆と別れたのであった。

車内で食べようとおやつを美枝と用意いたが、ブルートレイン乗り込むと

汽車が出発すると直ぐに二人共睡魔に襲われ、そのまま寝付いてしまって

降りる一時間程前に目が覚めたが、美枝はお向かえの人の都合で一つ手前の駅で

降りる事になっていた為、あまり話が出来なかった「美枝!有難うね」

美枝は「今度何時逢えるか解らないけど 私達赤い糸で結ばれているからきっと

逢えるよ」「だよね。」「わたしゃ 大阪で頑張るさかい」と明るく振舞って

くれた。美枝が降りると勝の目は、その姿が見えなくなるまで追っていた。

これまでの別れで初めて「寂しい」と小声で言い、寝台に横座り膝と寂しさを

両手で抱え込みながら降車駅に着いたのであった。

 

(アイツ22) お・わ・り そして  しつこく まだ つづき ます。

 

子峰院・和珞の創作小説でした。